志村亮は消えた天才!三井不動産社員で年収や結婚は?プロ入り拒否の理由は?





志村亮さんは、

古田敦也と長嶋一茂が全く打てなかった天才投手!

8球団の誘い蹴りプロ入り拒否をし、

三井不動産社員の道を選びました。

志村亮さんがプロ入りを拒否した理由や

今現在の仕事などについて調べてみました!

志村亮の高校や大学などのプロフィール

志村亮 消えた天才

出典:https://toyokeizai.net/articles/-/129913

名前  :志村亮
生年月日:1966年8月3日(52歳)
出身  :神奈川県平塚市
高校  :桐蔭学園高校
大学  :慶應義塾大学
身長/体重:178 cm/75 kg
投球打席:左投左打
ポジション:投手

消えた天才の中で、

古田敦也元選手や長嶋一茂元選手が、

「完成された投手」

「一度も打てなかった」

という志村亮さんは、

高校野球の名門、桐蔭学園高校から

慶應義塾大学に進学して活躍されていました。

志村亮の桐蔭学園高校時代

桐蔭学園高校では2年春に選抜大会に控え投手として出場。

報徳学園との1回戦で3番手として登板。

3年の夏には神奈川県大会決勝で延長14回の末に

一塁への牽制球で最後のアウトを取り、優勝!

選手権大会では初戦の開幕試合で

福井商を1失点に、

続く2回戦では海星を無失点に抑えて勝ち進みます。

3回戦では鹿児島商工の増永祐一と投げ合い、

8安打2失点で完投したものの0対2で敗れたものの、

甲子園で好投手として注目を浴びた志村亮さんは、

卒業後は慶應義塾大学に進学されました。

志村亮の慶応大学時代

六大学、特に早慶に対する憧れと、

OBが多かったという理由で

慶応大学では法学部に進学。

六大学リーグ戦では、1年生の春季開幕戦で先発し、

完封で56年ぶりとなる新人の初登板初勝利を記録!

同年の秋季リーグ戦では慶大26季ぶりの優勝に貢献し、

ベストナインに選出されます。

2年生で迎えた1986年は

春が4勝3敗、秋が1勝3敗と不振に終わります。

3年生時には先発としてチームを支え、

7勝0敗の成績で春季リーグ優勝に貢献する

とともに、

ベストナインに選出され、

全日本大学野球選手権大会でも優勝!

 
4年生の1988年には

5試合連続完封&53イニング連続無失点の記録を樹立!

3回目のベストナインに選出され、

同年の日米大学野球の代表にも選ばれました。

大学4年間で

通算31勝17敗、防御率1.82、295奪三振の成績でした。

志村亮がプロ入りを拒否した理由は?

 
優れた制球力や配球などから、

即戦力左腕として期待され、

数年間にわたって2桁勝利を挙げられるとの

高評価で9球団から誘いを受けていましたが、

全ての球団のプロ入りを拒否!

その理由は、

「プロ野球は、実力を試したい

という気持ちだけで、入れる世界ではない。

大学生になって、段々と現実が見えてきた」

これだけの活躍をしてなお、

プロの世界は別世界のように感じたのでしょうか。

上に行けば行くほど、

プロの世界で活躍する選手の才能を

身を持って感じたということでしょう。

天才にしかわからない世界なのでしょうね。

高校や大学と違い、「プロ」なので、

結果が出せなければすぐに戦力外通告。

そうならないためには、

ほとんどが怪物と呼ばれるような

スゴイ天才の中で、入団してからも

心技体のすべてをレベルアップをしていくことが絶対に必要で、

そして、その覚悟をもって全てを捧げられないと

悟ったとのことです。

また周囲は二桁勝利も堅いと評価していましたが、

志村亮さん本人は、

プロ野球に入ったとしても、

そこからすごく伸びそうだというイメージはなかったそうです。

大学4年生最後の試合で引退すると決めたのではなく、

4年生の春のリーグ戦で最後に使ったグローブに

すでに『完全燃焼』と言葉を刻んでいた志村亮さん。

そして、

大学最後の試合の後に行う肩の手入れを

兼ねて行うキャッチボールを志村亮氏は

やらずにグラウンドを去ったのです。

「もう肩は使わないから」。という理由ですね。

大学日本一を経験し、無失点記録を作るなど、

志村亮さん本人の中でやり残した事はなかったので

プロの世界に行くという選択に迷うことも無かったんですね。

志村亮の今現在は三井不動産の社員!

大学を卒業した志村亮さんは、

野球部のない三井不動産に就職。

これまで野球の世界にいた志村亮さんは、

野球と関係のない企業をあえて選び、

いろいろな業種の会社の中から、

不動産の仕事と三井不動産が好きだからと言う理由で就職しています。

1989年4月に就職し、

はじめの8年間はビルディング事業、

その後は分譲住宅の用地取得を担当。

現在は、

三井不動産リアルティ株式会社ソリューション 事業本部統括営業部長です。

そして、社業を続けながら、

硬式クラブチームWIEN’94には

設立当初から参加し投手として活躍、

全日本クラブ野球選手権大会にも出場。

2008年夏から2010年夏まではWIEN’94で

監督兼投手となり、

少年野球チームの品濃ヴィクトリーの代表兼監督を務めています。

東京六大学野球のTV中継では解説を務めるなど、

プロではなく最高の趣味として野球と関わっているようです。

三井不動産リアルティ株式会社ソリューション事業本部の部長の年収は?

就職サイトによると、

三井不動産リアルティ株式会社ソリューションの

年収推移は、

422万円/24歳(年間固定給302万円+賞与120万円)
596万円/26歳(年間固定給356万円+賞与240万円)
782万円/32歳(年間固定給482万円+賞与300万円)

とのこと。

また、部長の平均年収は788.7万円とのことなので、

今現在52歳の志村亮さんの年収は

800万円~くらいなのかもしれません。

野球選手であれば、年棒が1億円ともいわれていましたが、

志村亮さんは金額で将来を決めたわけではないので、

全く後悔していないそうです。

志村亮の結婚は?

志村亮さんは結婚して息子さんがいらっしゃいます。

息子さんが少年野球チームにいたときに

志村亮さんがコーチを務めていたとのことで、

今は現在は高校生か大学生くらいという情報がありますが、

何処の学校で野球をしているのかという

情報は一般人なので不明でした。

甲子園や大学野球で活躍していれば、

有名にもありますが、

今のところはそういった噂はありませんでした。

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