茂住修身(書家)の経歴や大学は?令和をいつどこで書いた?平成との違いは?

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新元号「令和」を書いた人は、書家の

茂住修身さんで、内閣府辞令専門官の方でした!

茂住修身さんは、「平成」を書いた人として

有名な河東純一さんの後輩で、

大東文化大学をご創業されているとのこと。

どんな方なのでしょうか?

茂住修身(内閣府辞令専門官)のプロフィール

名前  :茂住修身(もずみおさみ)
生年月日:1956年
年齢  :62歳?
出身  :岐阜県飛騨市古川町
職業  :内閣府辞令専門官
高校  :岐阜県立斐太高等学校
大学  :大東文化大学

出身大学の大東文化大学は、

「平成」を書いた人で、

同じく内閣府辞令専門官として2007年3月に退官された

河東純一氏の出身大学でもあります。

その河東純一氏が退官した後に、

茂住修身氏が内閣府辞令専門官に

なったそうです。

肩書としては、

・青山杉雨【 享年80 】に師事
・日展会友( 入選18回 )
・内閣府大臣官房人事課・内閣官房総務官室・辞令専門職
・謙慎書道会・常任理事
・大東文化大学書道卒業生の会・第2代幹事長

など活動は多岐にわたるようですね。

内閣府辞令専門官とは?

この令和の墨書を書いた人物は、

内閣府官房人事課辞令係という公務員です!

通常の国家試験を経てのお仕事ではなく、

主な仕事が

官記、位記、辞令、表彰状など、「字を書く」

専門の国家公務員として採用されます。

官記とは具体的には、

親任官:内閣総理大臣・最高裁判所長官

認証官:国務大臣・最高裁判所判事・特命全権大使

などの任命書の作成ですが、

これには天皇陛下自らもご署名し、

任命式は宮中にて行われる大変厳格なもの。

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官記、辞令には古来より定められた書式があり、

その中で調和のとれた辞令を作製するのは、

中々大変なことなのだといいます。

令和はいつどこで書いた?

通常は政府内で辞令などを書く

内閣府辞令専門官が、

新元号決定の連絡を受けた後、

発表までの短時間に墨を使い紙に書きます。

前回の平成の時は、

河東さんが新元号を知ったのは発表の40分前で、

パイプ椅子で作業台の上で書いたようです。

紙を4枚用意して、最後の1枚を、発表で使っています。

今回の令和ではどんな裏エピソードがあるのでしょうか?

新元号発表:平成と令和の違いとは?

「平成」が発表された時は、天皇が入院し

元号を考えるということで、

事前には、あまり大々的に報道されていなかったと思います。

自分がまだ子供だったのでそう感じただけかもしれませんが・・・。

平成が発表された時の小渕氏の服装は

黒っぽいスーツにネクタイは黒。

しかし、今回は天皇が亡くなる前、

生前退位ということで、平成の時よりも、

事前の報道も多く、元号予想などでも盛り上がっていました。

菅官房長官のネクタイも明るい水色でしたし、

安倍首相のネクタイはストライプでした。

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