河野通洋(八木澤商店社長)の大学や年齢は?今現在の売上げや経営手腕についても!

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八木澤商店社長の河野通洋氏は、

東日本大震災で壊滅的被害を受けた

会社を再建し、復活させたとして、

NHK「逆転人生」に出演されています。

4億円もの借金をして八木澤商店を再建させた

河野通洋社長の経歴や今現在の売上げ、年商について

調べてみました。

また、全国的に人気という

八木澤商店のお醤油についても紹介します!

河野通洋社長の年齢や大学などのプロフィール

河野通洋

出典:企業家倶楽部

名前:河野 通洋 (代表)
生年月日:1973年6月24日
年齢:45歳
出身地:岩手県陸前高田市
出身大学:岩手県立高田高等学校・コロラド州レッドロックスコミュニティカレッジ
趣味:ウォーキング(散歩)
職業:八木澤商店社長
代表就任以前の職種:同社、専務取締役

東日本大震災で壊滅的被害を受けた

陸前高田の老舗しょうゆ工場の、

八木澤商店。

味を決める“もろみ”が津波で流され

絶望的状況となるも、

社長となった河野通洋氏により、

苦闘の末に元の味のしょうゆを復活させました。

それまでは先代のお父様が八木澤商店の

社長でありましたが、

震災からの復興を目指す中で、

若い河野通洋氏が社長となった方が、

社員や金融機関やお取引先、

何よりお客さまも「再開するんだな」と

思ってくれるという見通しの上だったといいます。

社長になった当時は、38歳だった

河野通洋社長。

長期でモノを考えることの出来る若い人間が

全責任を負ったうえで会社の再建を担った方が

よいとのことですが、

先の見えない中、

相当なプレッシャーがあったことが想像されます。

八木澤商店が東日本大震災で受けた被害額とは?

東日本大震災で壊滅的被害を受けた

陸前高田の老舗しょうゆ工場の八木澤商店。

200年受け継がれてきた“もろみ”を使って

醸すしょうゆは全国のファンに愛されてました。

2011年、3月11日。

人口2万4000人の陸前高田では亡くなった方と

行方不明の方が合わせて1800人にのぼりました。

84.7%もの事業者は壊滅し、

八木澤商店の工場は二つ持っていましたが、

4工場と本社はすべて壊滅し、

200年受け継がれてきた「もろみ」が

津波で全て流され、

元の味のしょうゆの製造は絶望的状況となってしまいます。

残ったのはトラック2台だけで、

総被害額は2億2000万を超えたといいます。

しかしたった4キロ、研究用に保管されていた

“もろみ”が発見されたんです!奇跡ですね!

八木澤商店社長の河野通洋氏は、

4億円を借金して工場再建を決意し、

元の味のしょうゆ復活に挑みました。

八木澤商店の今現在の売上げは?

八木澤商店のHPで会社概要をかくにんしたところ、

会社情報として前期の年商が掲載されていました。

株式会社八木澤商店

代表者名:河野 通洋 (代表)
企業HP:http://www.yagisawa-s.co.jp/
所在地:
〒029-0523
岩手県一関市大東町摺沢字沼田17-12
設立:昭和35年(1960年)
創業:文化4年(1807年)
資本金:1000万円
前期の年商:4億2000万円
従業員数:35名

被害額2億円以上もあり、工場が壊滅、

4億円もの借金をして工場を再建し、

今現在は年商4億2000万円を売上げています。

八木澤商店が会社として一番大事にしているのは、

どんな経営環境でも潰れない会社になることです。

震災後の4月1日、先代社長が3月分の給与を

従業員一人ひとりに手渡し、

その場で河野通洋氏は

「私が9代目社長となり、

全員の雇用を守り給料は全額支払う」 と宣言。

「混乱時には一緒に働く仲間、戻る場所が一番重要」

との考えから、

社員、顧客、取引先、金融機関に再建の覚悟を見せ、

八木澤商店は39人の再出発となりました。

既に経営は数年前から河野氏が行っていたとはいえ、

その覚悟を持つことは大変なことです。

復興にかける想いの強さですね。

前に進むしかないということでもあるでしょう。

避難所にいたころから、

借入金の総額を頭に浮かべ、

「役員報酬ゼロの状態で、社員の給与を払うために

現預金をすべて使うと、売上ゼロで何カ月持つか

と計算していたんだそうですよ。

河野通洋氏の復興への経営手腕は?

早速、新事務所への引越しが決まるも、

引越し前日の4月7日に震度6の余震が発生し、

事務所の建物が倒壊してしまうという不運も重なりましたが、

河野通洋社長は諦めませんでした。

そんな河野通洋社長や八木澤商店にとって、

最もうれしいことが!

4月半ば、八木澤商店の味の要、

もろみ4キロが釜石の

海洋バイオテクノロジー研究所から

無傷の状態で発見されたとともに、

八木澤商店の看板と経営理念のボードも

相次いで見つかったんです!

5月1日には、

八木澤商店のレシピを公開して

製造委託した醤油と味噌の3アイテムを

岩手県内で販売開始をし、

馴染客との取引が再開さ。

5月と6月の売上げは前年比で15%。

7月15日に自社ラベルが完成すると、

従来の100アイテム数の内、

14アイテムを作り出すことに成功。

岩手県外へも出荷が再開され、

12月の売り上げは前年比70%まで回復させています。

八木澤商店は、自社の再建のみにとどまらず、

支援物資の配送作業や

地元中小企業救済のための活動にも奔走。

企業の資金ショートを食い止めるため、

金融機関のフリーダイヤルをコピーしたビラを

避難所にいる取引先の経営者や

知り合いの個人事業主などに手渡し、

自動引き落としの停止を促し、

また町の復興のためには、

企業を維持、雇用維持をする必要があると、

諸制度について説明した資料も

数百枚刷って配ったといいます。

陸前高田の中小企業を1社もつぶさない、

そして雇用を守るということを念頭に、

自社だけではなく、

街全体に向けた活動をされているんですね。

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