石井章夫の今現在の職業や家族と高校大学は?古田が勝てない消えた天才!



「消えた天才」で名捕手の古田敦也氏に

勝てないと言わしめた石井章夫さんは、

夢だったプロ野球のドラフトを拒否し、

東京ガスの監督を務められました。

石井章夫さんの高校や大学、

ドラフト拒否の理由や今現在の職業について

調べてみました!

石井章夫の年齢や今現在の仕事は?

石井章夫捕手

出典:侍ジャパン

名前  :石井章夫(いしい あきお)
生年月日:1964年9月30日
年齢  :54歳
出身  :神奈川県綾瀬市
職業  :侍ジャパンU23コーチ

「消えた天才」として出演した石井章夫さんですが、

今も野球と関わりがあり、全く消えていません!

「侍ジャパン」のU―23で指揮を執る稲葉篤紀監督や、

仁志敏久コーチ、建山義紀コーチとともに、

コーチに就任されています!

また、第90回 都市対抗野球大会では解説を務めるなど、

活躍をされているようです。

『消えた天才』7/28(日) 野口みずき&古田敦也&上村愛子が衝撃を受けた天才SP【TBS】

名捕手と言われる古田敦也氏が、

■ホームベースから盗塁を刺す送球が見たことのない速さ

■この天才を超えていかないとプロにはなれないと思った

と言うくらいスゴイ選手だったので、

石井章夫さんの存在がなければ

「古田敦也」

という名捕手は生まれていなかったといいます。

そんな石井章夫さんの高校や大学時代は

どんな選手だったのでしょうか?

石井章夫の桐蔭学園高等学校時代は?

石井章夫さんは神奈川県にある

桐蔭学園高校の出身です。

桐蔭学園高校の野球部は名門として知られ、

1971年夏に初出場初優勝。

春6回、夏6回の甲子園出場歴があります。

 
石井章夫さんの高校時代の実績は、

1年生の時に県大会決勝まで進出しますが、

横浜高校に敗れ、

甲子園出場する機会はありませんでした。

甲子園で活躍することが、

プロの球団へのアピールになりますが、

甲子園への出場も叶わず、ここではスカウトの声はかからなかったようです。

 
桐蔭学園高校といえば、野球強豪校でも知られますが、

進学校でもあります。

石井章夫さんは高校卒業後は、

慶応義塾大学に進学されました。

石井章夫の慶応義塾大学時代

慶應義塾大学に進学した石井章夫さんは、

野球部に所属し、

■東京六大学リーグ通算60試合出場

■199打数45安打、打率.226、3本塁打、15打点。

■ベストナイン2回。

■全日本大学野球選手権大会への出場

という成績を残します。

古田敦也さんが勝てないという

石井章夫さんは高校時代は無名でしたが、

大学時代から徐々に頭角を現し、

1986年の新人ドラフトでは

横浜大洋ホエールズから2位指名横浜から指名を受けました!

プロ野球選手になることが小さい頃からの夢だった

石井章夫さんは嬉しかったことでしょう。

しかし、プロ野球の世界には入りませんでした。

石井章夫がドラフト指名を拒否した理由は?

憧れのプロまであと一歩。

というところでなぜ石井章夫さんがプロ野球選手にならなかったのか。

それは、

幼い頃に父親を亡くし、母子家庭だった家庭の事情を

考慮しての決断だったそうです。

プロの世界に行けば、

一年でサラリーマンの年収の何倍もの

年棒を受けとれる可能性がありますが、

それは成功者のみ。

プロの世界での成功は約束はされていません。

高校、大学と私立の学校に行き、

好きな野球に打ち込めた一方で、

経済的にはものすごく余裕があった訳ではなかったでしょう。

ですので、大学卒業後に、

より安定した職業に就こうと思ったのですね。

そこで社会人リーグに目を向け、東京ガスの

野球部で1987年から1998年、

正捕手として12年間プレーしています。

その後社業に就いた後、

2003年からは3シーズンにわたって東京ガスでは

監督を務めています。

指導歴はわずか3年ですが、

さらに、

2017年2月には、社会人野球日本代表監督に選出。

2017年10月には、

台湾で開催された第28回アジア野球選手権大会で

チームを優勝に導いた実績から、

侍ジャパンU-23のコーチに就任。

2018年第2回WBSC U-23ワールドカップでは

準優勝でした。

その後、

侍ジャパン社会人代表に戻り、

今年10月に台湾で開催される「BFAアジア選手権」に

向けて総勢51人の代表候補の選手をチェックしています。

石井章夫の家族は?

石井章夫さんの弟は、

元西武の投手で2004年日本シリーズで

MVPに輝いた石井貴元投手です。

石井貴氏は 藤嶺学園藤沢高等学校から

三菱重工横浜を経て西武にドラフト1位で入団。
 
現在は楽天の2軍投手コーチをされております。

 

弟がプロの世界に行けたのも、

石井章夫さんが家庭の事情を考慮して

ドラフトを拒否したことも関係あるのでしょうか?

「俺は大学まで行かせてもらった。

俺が家のこと支えるから、お前はプロになれよ!」

・・・という感じでしょうか?

だとすれば、ものすごく家族思いで優しい方ですね!

また母親も二人の息子さんを女手一つで私立高校に進学させ、

野球もさせていたことから、

ものすごく苦労されたのかもしれませんが、

子供の夢を出来るだけ叶えてあげたいと思っていたのではないでしょうか?

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