フクチ(漂流ダイバー)のダイビングスクールの受講料は?年収や資格も!

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「激レアさんを連れてきた」に出演の

フクチさんこと福地裕文(ふくちひろふみ)さんは、

ダイビング教室のインストラクターです。

ダイビング中に漂流し、56時間 230km

流されながらもクジラに助けられて

奇跡的に生還したという福地裕文さんの

ダイビング教室の場所や年収、経歴などについて

調べてみました!

福地裕文の年齢や出身などのプロフィール

福地裕文

出典:福地裕文さんFacebook

名前  :福地裕文(ふくち ひろふみ)
生年月日:1950年12月5日
年齢      :68歳(執筆時)
血液型 :O型
出身  :沖縄県那覇市
高校  :私立興南高等学校
職業:ダイビングショップ「シーロマン」経営
資格:NAUI インストラクタートレーナー

沖縄で生まれ育った福地裕文さんは海が大好き!

経営するダイビングショップ『シーロマン』

今年で39周年で、

29歳ころからダイビングショップの経営を

されています。

福地裕文さんは、

NAUI インストラクタートレーナー

というダイビングの資格を持ち、

これまでの指導経験本数は1万本以上!!

超ベテランなんですね!

そしてダイビングに詳しくない管理人は、

「NAUI インストラクタートレーナー」

とはどういった資格なのか調べてみました。

NAUI インストラクタートレーナーとは?

ダイビングライセンスには、

さまざまな種類があり、

ライセンスを発行する指導団体によって

ライセンスの内容は異なり

目的・スキル別のライセンスのランクも存在するようです。

ダイビングライセンスは、大きく4つ。

・エントリーレベル
・スーパーバイザーレベル
・インストラクターレベル
・インストラクタートレーナーレベル

このうち、アマチュアがダイビングを楽しむ

ためのライセンスは、エントリーレベル。

ただし、同じ名前のライセンスでも、

指導団体によって潜れる水深や講習も異なります。

今現在、指導団体は世界中に沢山ありますが、

有名なものとしては

・PADI(パディ)
・NAUI(ナウイ)
・SSI(エスエスアイ)

NAUIは、

最も歴史のあるダイビング指導団体で、

ダイビングの安全プログラムや教育に

力を入れているということで、

事故の発生件数は指導団体の中で最も少ないようです。

福地裕文さんは、インストラクターであり、

「沖縄県水難事故の防止および遊泳者等の

安全の確保等に関する条例」(第6条)

の定める

「水難救助員の資格基準」を

満たしているそうですよ^^

そして、経営するシーロマンは、

ダイビングスクールの老舗として信頼できると

好評のようです。

福地裕文のダイビングショップシーロマンの場所や料金は?

出典:ダイビングショップシーロマン

ダイビングショップシーロマンの特徴は、

インストラクター1名に対して

トレーニング参加者は最大2名という

徹底した少人数制で、

安全にライセンスを取得できる点が特徴です。

フレンドリーな雰囲気で講習を受けることができるので、

人数が多いと周囲に付いて行けないかも・・・と

不安な人でも安心ですね^^

ライセンスまでにかかる日数は約5日から6日くらいです。

費用は、

初心者向けのライセンスの

NAUIスクーバダイバーライセンス
(オープンウォーターダイバーランク)

取得で52,480円です。

出典:ダイビングスクールシーロマン

ダイビングスクール シーロマン
住所:東京都中野区本町5-37-11 飯田ビル1F
電話番号 0120-67-0148
営業時間 11:00 ~ 21:00
定休日 1月~3月火曜日定休
HP:http://searoman.co.jp/_fnco_dir00185

福地裕文の年収は?

ダイビングスクールの仕事を調べてみると、

受講者に指導することの他に、

裏でする仕事がたくさんあり、めちゃくちゃハード!

前日までに、器材準備、現地サービス手配、

当日は早朝6:30頃には出勤し、1日の確認。

海洋実習では約2~3時間の車移動をし、

現地に着き次第、受講者さんの到着確認や

必要書類の記入、器材セッティング、

お昼前から夕方前まで講習を行い、

店に帰って来れば、ライセンス申請や、

次の海洋実習の予定などのスケジュールを決める・・・・。

インストラクターは、

実際にこなせる「仕事の幅広さ」で

給与額も増えますが、一般的には高給とは縁遠いようです。

現場インストラクターの年収は平均で200万円前後、

店長クラスで360~400万円前後で、

海が好きでインストラクターになる人が

多いですが、実際は、

『海の事を何も知らない人に、限られた時間で

最低限の事を伝え教える小学校の先生』

のようで非常に大変なんだそうです。

ショップ経営に成功し、お金持ちになっている

オーナーは希なのだそうで、

ダイビングインストラクターの仕事は基本的に

お金にはあまり縁のない仕事という見方が大半でした。

一方、

海が好きな人の特徴なのか、

お金にそこまで執着がない人も多く、

「本当にやりたい仕事だから」

という理由でダイビングインストラクターを続けている人もいます。

ダイビングインストラクターとしてやっていくには、

質素でも楽しく暮らしていけるメンタルが大事のようです。

福地裕文さんも海が大好きで、

ダイビングインストラクターになっていますね^^

福地裕文さんの56時間 230kmの漂流体験とは?

福地裕文さんの56時間230㎞の漂流体験は、

書籍化され、「奇跡体験アンビリバボー」

でも取り上げられています。

それほど奇跡的な出来事なんです!

1983年7月15日、

福地裕文さんは、伊豆七島新島の北に位置する

鵜渡根(うどね)と呼ばれるポイントに

友人達とダイビングに来ていました。

 

このあたりは潮の流れが速いポイントで、

通常ダイバーは、

危険を回避する為にバディー(相棒)と

二人一組で潜るのがルール。

しかし、

巨大な魚・ヒラマサを発見し、見事に捕獲するも、

その間に仲間とはぐれてしまい、

福地裕文さんは激しい潮の流れに

飲み込まれてしまいます。

強い流れから何とか抜け出そうと、

懸命に水面に浮上したのですが、

浮上した場所は、

なんと船から数百メートルも離れた場所!

必死に助けを求めたが風下にいた為に声は届かず、

船とは違う方向に流されてしまいました。

潮の流れは想像以上に速く、

いつしか船は視界から消え、

そのうち仲間が見つけてくれるだろう、

楽観視していた福地裕文さん。

漂流から2時間ほど経つと、

目の前に島影が見えてきたので、

人の住むこの島に上陸すれば助かると思い、

泳ぎに自信のあった福地裕文さんでしたが、

だったが潮の流れは予想以上に強く島にも上陸できませんでした。

日本列島の南岸を北上する世界有数の

海流である黒潮は、

速いところで秒速2m(時速約7km)、

幅は数10km~100kmにもなり、

漂流している人間が抜け出すのはとても困難。

次の日の7月16日、漂流二日目。

福地裕文さんは一睡もせずに朝を迎え、

昼になったことがわかったその時!

一隻の大型貨物船の姿が見え、大きく手を振り、

助けを求めて声を張り上げたものの、

貨物船は福地裕文さんを

置いて通り過ぎて行ってしまい、

期待を裏切られた福地裕文さんは、

それまで楽観的だったのですが、

例えようもない不安感に包まれ、急に疲労を感じ始めます。

その時、奥様の睦子さんがチャーターしたという

飛行機が低空飛行をしているエンジン音を聞き、

自分を探してくれているかもしれない、

自分が生きていることを信じて探してくれている

のだと実感し、再び勇気を取り戻した福地裕文さん。

7月17日、漂流してから三日目。

いよいよ体力的にも厳しくなり、

照りつける太陽と喉の渇きに襲われますが、

雨水でなんとかしのぎます。

そして流されている方向から

銚子沖にいることに気づきます。

銚子沖を過ぎると黒潮は親潮とぶつかり

太平洋へ流れ出るので、

太平洋に放り出されたら船の数は激減!!

すなわち生還することは絶望的になってしまします。

この時初めて福地裕文さんは死を意識しましたが、

その時!!

福地裕文さんの前に、

体長5mを越える4頭のクジラが出現!!

死と孤独の恐怖に包まれていた福地裕文さんでしたが、

クジラの姿に生きる希望を取り戻します。

不思議なことにクジラたちは福地さんと

遊ぶように回遊してくれていたようです。

何か感じ取っていたのでしょうか?

2時間後、

突然クジラたちの姿が見えなくなり、

海は静かに・・・・。

福地裕文さんは再びとてつもない

孤独感に包まれます。

しかし、そこに漁船の姿が目に飛び込んできて、

漂流から3日目、ついに福地裕文さんは、

は、マグロ漁船・第三十八全徳丸によって救助されました。

普通ならば諦めてもおかしくない状況ですが、

福地裕文さんの楽天的な性格で、乗り切ったのでしょう。

何と漂流中に加山雄三さんの『光進丸』を

歌っていたというくらいです!

水と食料が十分あっても、

人は助かる見込みがないと諦め絶望してしまうと

死んでしまうといいます。

絶望をいかに意識から遠ざけるかが、

生き抜くために必要だったのでしょう。

深さ数百数千メートルの海洋、

底無しの海面に足が接地できない恐怖は、

それこそ底なしの恐怖。

大らかで楽観的な性格で、

常に前向きで決して諦めず、最後まで望みを持ち続けた

福地裕文さん。

生還できて本当に良かったですね!

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