藤井郁美(車椅子バスケ)の結婚した夫は再婚?経歴と所属チームや病気とは?





藤井郁美さんは車椅子バスケット選手だった

夫と結婚され、

これまでに骨肉腫・潰瘍性大腸炎・乳がんの3度

大病を乗り越えて今現在もバスケットを続けて

いるスゴイ選手です!

パラリンピックで花形競技である車椅子バスケット。

女子日本代表の中心メンバーである藤井郁美さんの

所属チームや勤務先、家族や経歴などについて

調べてみました!

藤井郁美選手の年齢や出身中学高校などのプロフィール

出典:サントリー

名前  :藤井郁美(ふじい いくみ)
旧姓  :井上郁美
生年月日:1982年11月2日
年齢  :36歳
出身  :神奈川県横浜市
高校  :神奈川県立商工高等学校
居住地 :宮城県仙台市在住

藤井郁美さんは、神奈川県横浜市出身。

出身中学は不明なのですが、

車椅子バスケットを始めるきっかけが、

あるベテラン選手の、

「君なら日本代表だって夢じゃないよ」

と言う言葉だったといいます。

ということは、この当時まだ本格的に

車椅子バスケットを始めていなかった

藤井郁美選手ですが、

わずかなプレーからでも

その能力が際立っていたということでしょう。

骨肉腫という病気が発覚する前は、

バスケットの強豪校に進学することが決まっており、

中学でも主将を張っていたので、

中学校は横浜市でバスケットが強い

学校だったのではないでしょうか?

横浜市の中学バスケの強豪を調べてみると、

鶴ケ峯中学校
戸塚中学校
旭北中学校
本郷中学校

以上の学校が上がっていました。

高校は病気の為にこれまで通りのバスケットが

出来なくなったために、強豪校を諦め、

神奈川県立商工高等学校に進学されていることが

Facebookから確認されています。

藤井郁美選手の経歴と3度の病気とは?

藤井郁美選手は、

小学3年でバスケットボールを始めると、

すぐに夢中になり、中学の部活でスタメンで主将。

神奈川県内のバスケ強豪校からの推薦の誘いが

多数あるほども腕前だったそうです。

バスケ強豪校への進学が決まっていた

藤井郁美さんが右ヒザに痛みを覚えたのが、

中学3年の時。

郁美は右ヒザに痛みを覚えて病院に行くと、

そのままガンセンターに直行させられ、

悪性の骨肉腫と診断されます。

骨肉腫は、

10代から20代の若年者の膝の周りや

肩の周囲に発生することが多いそうですね。

これからさらにバスケットを頑張ろうとしていた

矢先の病気・・。

治療法は確立されており、切断をしないで足を残す

確率も高いとはいえ、まだ15歳。

1年間に及ぶ苦しい抗癌治療はさぞ苦しかったでしょう。

治療を終え、足は切断することなく、

歩けるようになった藤井郁美選手ですが、

人工関節を入れているので、

元の通りにバスケットが出来るようにはなりません。

藤井郁美選手の車椅子バスケとの出会い

1年遅れで別の高校に進学すると、

バスケ部のマネージャーになりました。

私なら、大好きなスポーツがこれまで通り

出来なくなったら、目の前でプレーされると

悔しくてしょうがなく、

とてもマネージャーは勤められませんが、

藤井郁美選手はバスケと向き合ってきたんですね!

仲間と共に努力する青春時代を過ごされたそうです。

そんな藤井郁美選手を見ていた

バスケ部の顧問の先生は、

神奈川県内の車いすバスケチームのコーチを兼任

していたこともあり、

藤井郁美選手に強く車いすバスケのプレーヤー

への道を勧めてくれて、

高校3年生で初めて車いすバスケと出会います。

そんな矢先に2度目の病魔に襲われ、

今度は潰瘍性大腸炎に。

大腸をすべて取るという大手術を受けます。

それでも、バスケットへの情熱を持ち続け、

車椅子バスケプレイヤーへの道は諦めません。

ある選手に「日本代表になれる」といわれ、

20歳から本格的に車椅子バスケを始めた

藤井郁美選手。

やはりその身体能力はすごかった!

藤井郁美選手の車椅子バスケットの経歴

2006年、オランダで開催された、

車椅子バスケットボール世界選手権に出場。

2007年の大阪での国際親善大会では、

全試合スタメン!

2008年の北京パラリンピックの代表になり、

予選突破の原動力に!

北京パラリンピックに向けもっと自分を磨くため、

日本代表を率いていた宮城MAXの岩佐義明監督の

元に、

藤井郁美さんの出身地でもある住み慣れた神奈川県から、

宮崎県仙台に住まいを移しました。

宮城MAXは男子チームなので、

練習はかなりハードです。

レベルの高い男子選手と一緒に練習することで、

パワーもスピードも男子並みに!

その後も活躍は続き、

●2010年 広州2010アジアパラ競技大会 優勝

●2017年 内閣総理大臣杯争奪
第45回記念日本車椅子バスケットボール
選手権大会 優勝(大会9連覇)

●2018年 天皇杯
第46回日本車いすバスケットボール
選手権大会 優勝(大会 10 連覇)

●2018年
インドネシア 2018 アジアパラ競技大会 準優勝

まさに車椅子バスケットの中心選手として活躍されています。

大活躍の藤井郁美さんですが、

実は2017年9月に乳がんで右乳房を全摘されているんです。

すでに日本代表として欠かせないメンバーの

藤井郁美さんは、

大胸筋を傷つけないようにオペしてもらい、

なんと術後10日ぐらいで練習に復帰!!

キャプテンとしての責任感から

この行動に至ったとのこと。

家族の方はさぞ心配だったでしょうね。

でもそれだけバスケットが好きで、

自分のバスケに誇りをもっているのでしょう。

注目されることで重圧もあると思いますが、

これだけ打ち込めるものと出会えた藤井郁美選手が

羨ましいです。

藤井郁美選手の結婚した夫や子供は?

藤井郁美選手を調べてみると、

井上郁美

田久保郁美

と名前が出てきます。

旧姓はFacebookなどから井上郁美さんということが

わかります。

そして、2008年のこちらの記事では、

田久保には、車いすバスケを始めたころに出会った、

元・日本代表選手でもある田久保敏光さんという夫がいる。

「もちろん、単身赴任ですよ(笑)。

私が代表選手としてやりたいことを、

彼は本当に理解してくれてる」

出典:スポーツナビ

2008年と言えば26歳くらいですね。

このころにはすでに田久保敏光さんと結婚されていたようです。

その後おそらく離婚され、今現在の夫、

5歳年上の藤井新悟さんと宮城マックスで出会い、

2012年に結婚。

2014年12月には長男の蒼空(そら)君が誕生しています。

出典:sportrait

藤井郁美選手、キレイですからモテるでしょうね!

車いすバスケットボール女子代表の

藤井郁美さんとチームのアシスタントコーチの

夫である藤井新悟さんは、二人で東京オリンピックを

目指しているようですね^^

藤井郁美選手の勤務先や所属チームは?

藤井郁美選手の現在の所属チームは、

女子チームとしては、

『WING(神奈川県厚木市)』から現在は東北初の

車椅子バスケットチームの『SCRATCH』に所属。

また、男子チームの『宮城MAX』にも同時に所属し、

プレイの向上に努めていらっしゃいます。

そして、

2018 年 10 月より、
車いすバスケットボール日本選手権を
はじめとした複数の大会で優勝経験がある
藤井郁美選手を正社員として採用しました。

出典:電通デジタル

と、電通デジタルに掲載されていました。

恐らく、電通で働いているわけではなく、

社員となり、スポンサー支援を受けて活動されている

ということでしょう。

車イスバスケをするには、

バスケット用の車イスが必要になるのですが、

バスケット用の車イスは、普通の車イスとは違い、

タイヤが8の字形になっていて、ターンが素早い!

かなりコンタクトプレーも多く、

転倒防止用に後方にも小さな車輪が有るのが特徴です。

値段は1台25~40万円ほどとのこと。

スポーツには遠征や道具の費用がかかります。

結果を出すためにはスポンサー支援は重要ですね。

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